2018年1月7日日曜日

架空対談・私の2017年の10冊(1)ジョン・ライドン新自伝


S「というわけで、架空だけど、2017年のこの10冊の本ということで話し合いたいんだけど。まず昨年の本の印象、全体ではどう?」

K「実は全体を見渡すとインタビューさせていただいた著者とその過程やその後に話の流れで影響を受けて読んだ本が印象に残った10冊になりましたね。大枠では「アナキズム」ということが基本ラインになったと思う。で、著者の方と接点があるブレイディみかこさんの本、特に『子どもたちの階級闘争』が図抜けていた。何度も涙腺が緩みました」

S「ブレイディさん昨年は本当に生産的で。ミュージシャンの本も一冊17年の10冊に含めてるけれど。岩波の「図書」でもアナキストの女性たちについて書いてるよね」

K「それがまた素晴らしい。本当に本格的な作家としての力量をお持ちになってるなと思う」



S「で、まず一冊目ですが。『ジョン・ライドン新自伝―怒りはエネジー』ですけど」


K「あとで調べたら一昨年の本でした(笑)。ということは、この年末年始に読み返したので、もうすでに三回くらい読んでるかもしれない。いろいろあったので、てっきり2017年に出た本だと思ってた」

S「ええ?この本、学術書並みのページ数でしょう?590ページくらいはあるよ。しかも2段組だから、すさまじい活字量だ」

K「凄いよね(苦笑)。でもファンだからだとも言えるけど、すごい読みやすい。ライドンの語り口の持って行き方って、もったいぶったところが無くて、スピード感がある。それこそ彼のパブリックイメージ通りの翻訳をした翻訳者の力量が大きかったと思う。この本の前に最初の自伝があるけど、乱暴なことを言えばそちらはいらない。生い立ちからの語りだしからいえば、この本で詳細だし、これ一冊あれば十分」

S「ジョン・ライドンと言えばセックス・ピストルズのボーカリスト。レコードデビューから一年あまりでバンドは解散してるんだけど、その1978年以後から2013年くらいまでの記述が詳細に描かれている。近年ではロンドンオリンピックでセックス・ピストルズの曲が使われたこととか、ミュージカル「ジーザス・クライスト・スーパースター」の出演の打診と、その企画がボツった話題あたりまで。けっこう直近のことまで書いてあるよね」

S「個人的にはやはり、セックス・ピストルズの解散後、パンクス仲間と結成したPILというバンドの内実が興味深くてね。そこは最初の伝記でも記述されていない部分だったから。セックス・ピストルズはやはり「アナーキー・イン・ザ・UK」「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」という2曲で英国社会のみならず、世界中で大きなちゃぶ台返しをやった怒号の革命的ボーカリストとして。そしてPILはその外側に向っていた攻撃性をまっすぐに自分と聞き手自身に反転したというか。内向した攻撃性に向うロックの前衛と革新を示したアルバムを70年代の終わりから80年代の初めに三枚出した。そのメンバー(ギタリスト、ベーシスト)の異能も含めてすごく関心があったんだけど。やはり内側にむかう緊張感あるサウンドの要の人物たちのキャラはあまりに個性的すぎてジョンにも手に余ってしまった、というか(苦笑)」

K「ねえ?ジョン・ライドンが一番やっかいな人なのかと思ったら、ギタリストがとてもムズカシイ人だったらしくて。彼の言葉を借りれば「生のままの酢みてえな野郎なんだよ」という(苦笑)。この表現でわかるね」

S「ボーカリストとしての初期PILではソーシャルなメッセージ以上に、「怒哀の感情」を自在多彩に表現できる才能の人のイメージがあって。僕にはそこにカリスマというか、もっといえば「シャーマン」のような存在感覚を抱いていたんですよ。だから70年代の終わりから80年代の初めまではものすごくミステリアスな雰囲気があった。情報も無い時代だったから。端正な顔立ちで痩せこけたルックスも含めてすごくシャーマニックで神秘的だった。でも、すっかり中年太りして90年代真ん中にセックス・ピストルズを再結成したり、セレブが無人島に取り残されるリアリティ番組に出たり、バターのCMに出たり。ミステリーどころかすっかりコメディアンの風情で再登場して。今じゃすっかり自然体で、やたらに饒舌で大笑いをする人なんだと(笑)ぜんぜんスキも見えるぞ、と」

K「そのあたりのイメージを覆す世間お騒がせの経過の記述もあるんだけど。ファンが持つイメージを裏切ることも理解した上で、ときには気乗りしなくても自分自身と問い合いながら、「行っちまえ!」となるとやっちゃうという。その描写も説得力があるよね。」

S「記述の中で、確か一番自分に厳しい批評家は自分自身だ、みたいなことが書いてありますよね?それはひとつには少年時初期の髄膜炎で6,7ヶ月の昏睡状態があったことが体験として大きいんだと思う。すごく聡明な子どもだったんだけど、8歳のときに病気のせいで両親も自分の家の記憶も全部失ったと。で、記憶をひとつひとつ辿り直すために自分にそれを呼び戻すものすごい自己鍛錬を強いたと。また、とにかく本を読むことを救いにしたと。病気の影響で幻覚も見たし、その後は脳と心の対決みたいなことを自分に強いた。それが強烈に現実世界の理解と分析にこだわる彼の資質を作ったのではないか。ジャーナリズム相手の強烈な切り返しとかは自分自身との対決を経てるから、他者との対峙のほうはそんなに難しくはなかったんだろうね」

S「あと思ったのは、彼の育った環境。ロンドンのアイルランド人コミュニティに住んで相当貧困地域みたいだけど、コミュニティが残っていた。兄弟も多くて長男の彼は今に至るまで兄弟、友人との関係はずっと続いていて、今でもその関係が残っている。そのあたりは体当たりで生きてきた彼を守る防波堤になってるんじゃないかな。妻のノーラさんの助けも大きい」

K「そうそう。そうね。で、自分の両親をすごく大事にしてるんだけど、同時に凄い田舎者扱いにしてるんだよね(苦笑)。訛りがひどい、とか。そして単なるコミュニティ礼賛でもなくて、不作法なコミュニティの人間には不快感も隠さない。そういうコミュニティの二重性にもけっこう正直で。義理の娘になったパンク仲間のアリ・アップの子どもを巡って相当な対立をしてたりとか。そのあたりは理性に対する信頼を非常に持つ人なんだなと」

S「パンクはニュー・ウェイヴで、オールドなロックミュージシャンは嫌っているというイメージがあったんだけど、実はそうでもないことも赤裸々に。やはり年齢を重ねてサバイバルしてきた人だけあって、すごく判断基準がオープンなんだと分かった。全然狭量な人じゃなかったんだな、という。むしろ自分のエピゴーネンみたいな存在たちにあきれてた」

K「本当にひとりのきわめて個性的な人間の叙述として読んでいて面白い。テンポが快適だからメチャクチャ長い本で確かに読み通すのは時間がかかるけれども、飽きるところはなかったな。もちろん動向に関心がある人にとって、ということにはなるけれど(笑)」

S「パンクのオリジネーターの成長の記録としては必読ですね。3300円×税はけして高くないと思います。」

K「で、彼がアナキストかどうかというのは最後のほうに載っています(笑)。簡単に、ですけどね。僕は“明るいニヒリスト”という感じを抱きましたけどね」

S「そうとうタフな地域に育ったハードコアな人ではありますけどね、やっぱり」

K「そうそう、そういう地域性のこととか、サッカーフーリガン的なフットボールと土地柄。みたいな英国労働者階級の固有性に関することも知ることが出来る本です」


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