2010年11月21日日曜日

毛利甚八さんはいま何を考えてるかな?


 夫婦関係や家族関係の齟齬や相互のズレを家庭裁判所を舞台に描き(その中には深刻な問題も多いですが)、今読み返しても全く古くならない名作『家栽の人』。そして現代社会の中で忘れられた人間の野性的な強さをサル学者を主人公に描いた問題作、『ケントの方舟』の原作を描いた人。それが毛利甚八氏。

(『ケントの方舟』の感想については、もしかしたら、実在のモデルがいるのでは?という仮定で、「爆問学問」に出演されたゴリラ学の山極教授の回の感想で自分は別のブログで感想を書きました。こちらです。)

爆問のゴリラ学とケントの箱舟  Bridge

 そしてその後毛利さんの原作ではもっとも強烈な問題作、「たぢからお」という作品もありました。歴史的な過去から中央より疎外された土地の土着の神と、そこに訪れた過去にネグレストと関係性の激烈な貧困に置かれた青年が現代においてそのあらぶる神の「依り代」となって、過去と現代を貫く巨大で原初的な人間悪と怒りの表出。そしてその和解、という神話的とも言える力技的作品でした。
 『ケントの方舟』『たぢからお』は、作品そのものは毛利さんの神話的な世界を含む巨大な問題意識のため、ラストの収拾が思うようにつかなかった面もあり、作品としての完成度そのものは「家栽の人」ほどに上手くいかなかったかもしれないと思いますが、それだけ個別・あるいは社会的なるものの問題意識が非常に高かった時期を反映しており、ファンはその熱に引きこまれてしまう要素はあります。

 その後は毛利原作作品で目立ったものに出会った記憶は自分にはありませんが、ちょうど名作「家栽の人」が終了した後、当時の「不登校新聞」のインタビューで「今後は生活保護を受けているアル中のどうしようもないオヤジが不登校の子供たちのための塾を作って一緒に育っていくような作品を書きたいと思っている」と語っていたのが印象的でした。

 その予言はある面では、現代の先進的な地域で現実に実践され始めているともいえます。でも、改めてそれに類するような作品を書いて欲しいという思いはファンとしてありますね。
 そのインタビューでは「自分がわからないことは書かない。どうしても締め切りに追われて分からないことを書く時がありますが、そういう時は泣いて書きます」といった旨のことを語っていたのがまた、グッとくるほど印象的でした。

 その後上記2作の原作を書き下ろしたのちは少年法改正に反対する運動をしたり、裁判員制度の推進側の人として活動していたりしていた様子でしたが、いまはどうされているのでしょう。最近ふと「いまどうしているのか」と思う人です。

 というか、この方についてはいつもずっと「ふと、あの人はどうしているのだろう」と思う存在の個人的ナンバーワンなのです。

0 件のコメント:

コメントを投稿